高次脳機能障害の復職支援|「復職できる」と「仕事を続けられる」は違う
高次脳機能障害や失語症が残存している方のリハビリでは、最終目標として復職が挙がることがあります。
身体機能が改善し、日常生活が自立し、簡単な作業も問題なく行える。
ここまでくると、
「そろそろ仕事に戻れそう」
と考えたくなります。
しかし実際には、
「復職できること」と「復職後も安定して仕事を続けられること」は別問題です。
私は外来リハビリで復職支援に関わった経験から、この点を強く感じました。
今回は、個人が特定されないよう一部内容を変更したうえで、実際の経験と、高次脳機能障害の復職支援でセラピストが考えておきたいポイントを解説します。
復職を目指していたケース
対象となったのは、脳卒中後の後遺症に対して外来リハビリを行っていた方です。
身体機能には大きな問題はなく、基本的な日常生活も自立していました。
一方で、
- 失語症
- 高次脳機能障害
が残存していました。
リハビリ開始当初と比較すると症状はかなり改善し、課題として設定した作業についても、手順を考えながら遂行することができていました。
ただし、仕事場面を想定すると少し不安が残っていました。
「作業ができる」だけでは復職評価として不十分
リハビリ場面では、
「この作業ができるか」
を評価することが多いと思います。
しかし、実際の仕事では単純な作業遂行能力だけが求められるわけではありません。
例えば、
- 指示を正確に聞き取る
- 複数の情報を整理する
- 状況に応じて判断する
- 相手に適切な言葉で指示を出す
- 自分のミスに気づく
- 周囲に確認する
- 疲労した状態でも一定の精度を保つ
といった能力が必要になります。
今回のケースでは、決められた作業自体は行えていました。
しかし、失語症の影響によって、
「指示を取り違える」
あるいは、
「本人は正しい内容を伝えようとしているものの、異なる言葉が出てしまう」
といったリスクが考えられました。
近年のレビューでも、脳損傷後の復職における認知コミュニケーション能力の評価については、単一の認知検査だけではなく、本人の仕事や実際の環境を踏まえた個別的・文脈的な評価が必要と指摘されています。
本人と家族には仕事上のリスクを説明していた
本人と家族には、
「作業自体はできていますが、実際の仕事では言葉の取り違えや指示のミスが起こる可能性があります」
ということを説明していました。
また、
「会社側からリハビリ担当者へ確認したいことがあれば、連絡してもらって構いません」
とも伝えていました。
つまり、
- 本人への説明
- 家族への説明
- 職場からの相談窓口の提示
までは行っていました。
しかし、今振り返ると、ここに大きな反省があります。
職場からは「無理をさせない」と言われていた
復職前、会社側からは、
「以前のように仕事をさせるつもりはない」
「職場にいてくれるだけでもいい」
といった話があったようです。
本人も家族も、それを聞いてある程度安心していました。
私自身も、
「会社側も障害についてある程度理解してくれているのだろう」
と考えていました。
そして実際に復職することになりました。
しかし復職すると通常業務に近づいていった
ところが、実際に職場に戻ると状況は変化しました。
本人はもともと仕事をよく知っており、人を指導する立場にもあった方です。
職場としても、
「これくらいならできる」
「以前やっていた仕事だから任せられる」
という判断になっていったのだと思います。
結果的に、当初想定していた以上の業務を任されるようになりました。
そして、仕事上のミスが生じました。
しかも、そのミスは相手に損害が発生するような内容でした。
外見から分かりにくい高次脳機能障害
高次脳機能障害の復職支援が難しい理由の一つが、
障害が周囲から見えにくいこと
です。
例えば、
- 普通に歩ける
- 日常会話ができる
- 身の回りのこともできる
- 簡単な作業もできる
という状態であれば、周囲から見ると、
「もうほとんど治ったのでは?」
と思われることがあります。
しかし実際には、
- 情報量が増えると混乱する
- 疲れるとミスが増える
- 処理速度が低下している
- 自分のミスに気づきにくい
- 言葉がうまく出ない
- 言葉を取り違える
- 複数業務への対応が難しい
など、仕事という高負荷な環境で初めて表面化する問題があります。
2026年に公表された脳卒中後の認知障害と復職に関する系統的レビューでも、認知機能障害は復職アウトカムの悪化と関連し、特に集中力、記憶、処理速度などが多く報告されています。
ミス以上に大きかった心理的な影響
今回、私が最も考えさせられたのは、その後でした。
本人はもともと、人を指導する立場にあった方です。
それまで問題なくできていた仕事で、大きなミスをする。
これは本人にとって非常に大きな出来事だったと思います。
最終的には自主的に仕事を辞めることになりました。
その後、家族からは、
- 外出することが減った
- 人と会いたがらなくなった
という話も聞きました。
仕事を失ったことだけではなく、
「以前の自分ならできていたことが、今はできない」
という経験が、本人の自信に大きく影響したのだと思います。
一番の反省は「会社からの連絡を待ったこと」
今回を振り返って、自分の中で最も大きな反省は、
本人や家族への説明だけで終わってしまったこと
です。
当時は、
「会社側から何か聞きたいことがあれば連絡してください」
と伝えていました。
しかし高次脳機能障害について十分な知識がなければ、そもそも会社側は、
「何を聞けばいいのか分からない」
可能性があります。
2024年の系統的レビューでも、脳損傷後の社員を支援する際、雇用者側の障害に対する知識や理解、支援方法に関する経験などが、復職・就労継続支援に影響すると報告されています。
つまり、
「分からないことがあれば聞いてください」だけでは不十分
なことがあります。
医療者側から職場へ情報を届ける必要がある
もちろん本人の同意が前提ですが、同じようなケースであれば、今後はより積極的に職場と情報共有したいと考えています。
例えば職場に対して、
「高次脳機能障害があります」
と伝えるだけでは十分ではありません。
重要なのは、
それによって仕事上で何が起こる可能性があるのか
まで説明することです。
例えば、
「口頭で複数の指示をすると内容を取り違える可能性があります」
「複数業務を同時に行うとミスが増える可能性があります」
「本人から他者へ指示を出す場面では言語面のエラーが起こる可能性があります」
というように、
障害名ではなく、仕事場面で起こり得ることに翻訳して伝える
必要があります。
「無理をさせない」では具体性が足りない
今回、もう一つ重要だったと感じるのが、
「無理をさせない」という言葉の曖昧さ
です。
医療者が考える「無理をさせない」と、会社側が考える「無理をさせない」は違うかもしれません。
そのため、
「配慮してください」
ではなく、具体的な業務条件まで共有することが大切です。
復職時に検討したい具体的な配慮例
| 項目 | 配慮例 |
|---|---|
| 指示理解 | 口頭だけではなく文章でも提示する |
| 業務量 | 1つずつ業務を提示する |
| ダブルタスク | 複数業務を同時に任せない |
| 判断 | 損害につながる重要判断を単独で行わせない |
| 指示出し | 部下への指導・指示は段階的に再開する |
| 確認 | 作業終了後に別の職員が確認する |
| 勤務時間 | 短時間勤務から開始する |
| 疲労 | 定期的に休憩を入れる |
| 業務拡大 | 一定期間問題がないことを確認してから増やす |
重要なのは、
「何をさせないか」だけではなく、「どうすればできるか」を考えること
です。
脳損傷後の復職介入に関する系統的レビューでも、本人に合わせた対応、職場調整、本人と雇用者双方の関与、実際の仕事場面での練習などを組み合わせた介入が重要とされています。
「復職した=リハビリ終了」ではない
今回の経験から特に重要だと感じたのが、
復職後のフォローアップ
です。
復職初日は、
「まずは軽い仕事だけにしましょう」
となっていても、
1週間後、
「これくらいできるなら、これも」
1か月後、
「ほぼ普通に働けているから、これも」
というように、業務内容は少しずつ変化していきます。
その変化を、病院側が把握できていなければ、
当初設定していた配慮がいつの間にかなくなってしまう
ことがあります。
復職後に確認したいポイント
例えば、復職後1〜2週間、1か月、3か月などで、次のような点を確認します。
- 実際にどのような仕事をしているか
- 当初予定していなかった仕事が増えていないか
- ミスは発生していないか
- 疲労が強くなっていないか
- 本人が無理していないか
- 職場側が困っていることはないか
- 配慮内容が守られているか
ここで問題があれば、
「本人が頑張る」のではなく、仕事側を再調整する
という視点が重要です。
日本でも「職場との連携」は重要視されている
2025年に日本作業療法士協会誌に掲載された、高次脳機能障害者7例への復職支援を検討した報告では、医療機関の作業療法士が両立支援制度を活用し、
- 就業上生じる課題
- 対応方法
- 復職可能性
- 復職後のフォローアップ
などを職場側へ伝える取り組みが報告されています。
この報告は、今回私が経験したケースを振り返るうえでも非常に参考になります。
医療機関で働くセラピストの場合、実際の職場へ直接訪問することは簡単ではありません。
だからこそ、
両立支援制度などを利用して、医療と職場をつなぐ仕組みを使う
ことも選択肢になります。
高次脳機能障害の復職支援チェックリスト
今後、自分自身も確認できるように整理すると、復職支援では次のような流れが重要だと思います。
①本人の機能を評価する
- 注意
- 記憶
- 遂行機能
- 処理速度
- 病識
- 失語症
- 疲労
- 情動面
↓
②仕事内容を分析する
- どんな作業をするのか
- 判断を求められるか
- 同時作業があるか
- 対人コミュニケーションが多いか
- ミスした場合の影響は大きいか
- 部下への指示が必要か
↓
③「本人の能力」と「仕事」を照合する
単純に、
できる/できない
ではなく、
どんな条件ならできるのか
を考えます。
↓
④本人の同意を得て職場と共有する
障害名だけでなく、
仕事上で起こり得る問題
を具体的に伝えます。
↓
⑤段階的に復職する
最初から以前と同じ仕事をするのではなく、
負荷や責任を徐々に戻していく
ことを検討します。
↓
⑥復職後もフォローする
復職はゴールではなく、その後の就労継続まで見る
という考え方が重要です。
セラピストとして今回の経験から学んだこと
今回のケースについて、
「復職させたこと自体が間違いだった」
とは考えていません。
本人には復職できる能力がありました。
ただ、
その能力を発揮できる仕事環境を十分に作ることができなかった。
ここが大きかったのではないかと思っています。
高次脳機能障害の復職支援では、
「この人に仕事ができるか?」
だけを見るのではなく、
「この人が仕事を続けるためには、どんな環境が必要なのか?」
まで考える必要があります。
そして、その環境を整えるためには、
本人、家族、医療者だけではなく、
職場も含めて支援する
ことが重要なのだと感じました。
まとめ
高次脳機能障害や失語症のある方では、身体機能が良好で日常生活が自立していても、実際の仕事場面で問題が表面化することがあります。
特に、
「簡単な作業ができる=以前と同じ仕事ができる」
とは限りません。
復職支援では、
- 実際の仕事内容を評価する
- 仕事場面を想定して能力を評価する
- 本人の同意を得て職場と情報共有する
- 具体的な配慮内容を決める
- 段階的に仕事を戻す
- 復職後もフォローする
ところまで考える必要があります。
私自身、今回の経験では、本人や家族への説明だけではなく、
もう一歩踏み込んで職場側と直接連携するべきだった
と感じています。
「復職できた」で終わらせず、
その人が安心して仕事を続けられるところまで支援する。
今回の経験は、自分自身の復職支援を見直す大きなきっかけになりました。
参考文献
Craven K, et al. Factors influencing employers' support for employees with acquired brain injuries or mental illness to return to- and stay in work: A qualitative systematic review. Work. 2024.
van Velzen JM, et al. Effective return-to-work interventions after acquired brain injury: A systematic review. Brain Inj. 2016.
Cameron K, et al. Assessing cognitive communication skills for returning to work following acquired brain injury: a systematic scoping review. Disabil Rehabil. 2025.
高次脳機能障害者の復職支援に対する両立支援制度活用の有用性. 作業療法. 2025;44(4):454-464.
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