何もないところでつまずく原因とは?転倒予防の対策を作業療法士が徹底解説
- 歩行中の足先の高さ(Toe Clearance)の低下
- バランス能力の低下
- 足裏感覚の低下
- 姿勢不良(猫背・骨盤後傾)
- 注意力(デュアルタスク能力)の低下
- 脳卒中やパーキンソン病などの神経疾患
目次
- つまずきが起こるメカニズム
- Minimum Toe Clearance(MTC)とは?
- 原因① 足先が十分に上がらない(Toe Clearanceの低下)
- 原因② バランス能力の低下
- 原因③ 足裏の感覚が低下している
- 原因④ 筋力よりも「瞬発力(筋パワー)」の低下
- 「足が上がらない」のではなく「タイミングが遅れている」ことも
- 原因⑤ 姿勢の変化(猫背・骨盤後傾)
- 原因⑥ 注意力(デュアルタスク)の低下
- 隠れている可能性のある病気
- セルフチェック
- 作業療法士が行う評価の視点
- 重症度別のリハビリ・対策
- 自宅でできる転倒予防トレーニング
- 転倒しやすい住環境の見直し
- 受診をおすすめする症状
- よくある質問
- まとめ
つまずきが起こるメカニズム
歩行中、足先は地面からわずか数cmしか浮いていません。この「歩行中の足先の高さ」のことをToe Clearance(トゥクリアランス)と呼びます。以降はこの呼び方で解説します。
Toe Clearanceは歩行中ずっと一定ではなく、常に変化しています。足を前に振り出している局面(遊脚期)のうち、最も足先が床に近づくのは遊脚中期(Mid Swing付近)とされています。この一瞬に足先が床に最接近するため、この瞬間にわずか数mm床との距離が減るだけでも、つまずくリスクが大きく高まります。
猫背になって歩幅が小さくなる、すり足になるといった変化は、多くの場合、身体が転倒を防ごうとして無意識に選んでいる適応的な戦略です。「歩き方が悪い」と単純に指摘するのではなく、その背景にどの機能低下があるのかを評価することが、根本的な転倒予防につながります。
Minimum Toe Clearance(MTC)とは?
歩行中、足先が床から最も近づく瞬間をMinimum Toe Clearance(MTC)と呼びます。正常歩行でもこの瞬間の距離はわずか数cmしかないとされており、たった数mm低下するだけでも転倒リスクは大きく増加すると考えられます。
近年ではMTCは、高齢者の転倒リスクを評価するうえで重要な指標の一つとして研究が進められています。臨床の現場でミリ単位の計測をすることは難しいものの、「MTCが最も低くなる遊脚中期に何が起きているか」という視点を持つことは、原因を整理するうえで役立ちます。
原因① 足先が十分に上がらない(Toe Clearanceの低下)
足が上がらなくなる背景には、前脛骨筋(足首を持ち上げる筋肉)や股関節屈筋の筋力低下のほか、疲労、神経障害、パーキンソン病、脳卒中後の麻痺などが関係していると報告されています。
| 状態 | Toe Clearanceの目安 | つまずきやすさ |
|---|---|---|
| 正常歩行 | 約2〜3cm | 低い |
| 軽度の筋力低下・疲労時 | 1〜2cm程度に減少 | やや高い |
| 神経障害・麻痺がある場合 | 1cm未満、またはすり足歩行 | 高い |
数値そのものより、「夕方など疲れた時間帯だけつまずきが増える」「片側だけ靴底の減りが早い」といった生活場面の変化のほうが、Toe Clearance低下のサインとして把握しやすいと感じています。
原因② バランス能力の低下
歩くという動作は、片足立ちの連続です。つまり歩行能力はバランス能力とほぼ同義とも言えます。支持脚が安定しない、重心移動が苦手になるといった変化があると、足を十分に振り出せず、足先が引っかかりやすくなります。
原因③ 足裏の感覚が低下している
足裏には多くの感覚受容器があり、地面の硬さ・傾き・足の位置を脳へ伝えています。しかし糖尿病、加齢、末梢神経障害などによって感覚が低下すると、脳が足の位置を正確に把握できなくなり、つまずきやすくなります。
原因④ 筋力よりも「瞬発力(筋パワー)」の低下
筋力(最大でどれだけ大きな力を出せるか)そのものよりも、素早く力を立ち上げる能力(Rate of Force Development:RFD)の低下が、つまずきに強く関係していると考えられています。障害物に気づいてから足を持ち上げるまでの時間的余裕はごくわずかであるため、RFDが低下すると、力の絶対量が保たれていても間に合わなくなります。
これは単に「筋肉の量」の問題ではなく、脳から筋肉への指令をどれだけ素早く出せるかという神経系の反応速度の問題でもあります。神経系は目的の動作(つまずかずに歩き切ること)を達成することを優先するため、力の立ち上がりが間に合わないと、結果的に歩幅を縮める・すり足になるといった代償的なパターンが選ばれやすくなります。
「足が上がらない」のではなく「タイミングが遅れている」ことも
筋力は十分に保たれていても、筋肉を動かし始めるタイミングそのものが遅れることで、MTC(Minimum Toe Clearance)が低下することがあります。つまり「力がない」のではなく、「動き始めるタイミング」がわずかに遅いことも、つまずきの原因になり得るということです。
これは筋力測定だけでは見つけにくい問題です。実際の在宅リハビリの現場でも、筋力検査上は大きな低下がないにもかかわらず、つまずきを繰り返している方に出会うことがあります。こうしたケースでは、力の大きさよりも、「必要な瞬間に、必要な筋肉を動かし始めるタイミング」に着目した評価や練習が有効なことがあります。
原因⑤ 姿勢の変化(猫背・骨盤後傾)
歩幅を狭くすること自体は、身体が転倒を避けようとして選択している代償戦略です。しかし歩幅が狭くなることでToe Clearanceも低下し、結果としてつまずきやすくなることがあります。
原因⑥ 注意力(デュアルタスク)の低下
歩きながら会話をする、荷物を持つ、周囲を見渡すなど、日常の歩行は常に「歩く」以外の作業と同時に行われています。歩行と別の作業を同時にこなす能力をデュアルタスク能力と呼びます。
加齢や脳機能の変化により、このデュアルタスク能力は低下しやすいとされています。歩くこと自体に注意を割く余裕が減ると、無意識下で行われているToe Clearanceの調整がおろそかになり、つまずきやすくなることがあります。
「歩きスマホ」や、荷物を両手いっぱいに持ちながらの歩行は、デュアルタスク能力が低下している方にとって特に転倒リスクが高い状況です。慣れた道でも油断せず、注意を歩行に向けやすい環境を意識しましょう。
隠れている可能性のある病気
- 脳卒中・麻痺
- パーキンソン病(小刻み歩行、すくみ足)
- 腰部脊柱管狭窄症
- 頸椎症
- 糖尿病による末梢神経障害・感覚低下
- バランス障害
急につまずくようになった、手足のしびれを伴うといった場合は、自己判断せず医療機関へ相談することをおすすめします。
何もないところでつまずく人の特徴|セルフチェック
- □ 最近1か月でつまずいた
- □ 歩く速度が遅くなった
- □ 階段が怖い
- □ 片脚立ち10秒できない
- □ 猫背になった
- □ 歩きながら話すと歩きにくい
- □ 疲れると足を擦る
3つ以上当てはまる場合は、次の「重症度別のリハビリ・対策」を参考に、早めに対策を始めることをおすすめします。
作業療法士が行う評価の視点
訪問リハビリの現場では、いきなり筋力を測るのではなく、以下の順番で全身の状態を観察していきます。
重症度別のリハビリ・対策
①姿勢を整える背伸び運動を朝晩10回 ②椅子からの立ち座り10回×3セット ③つま先上げ運動20回×3セットを、週の大半で継続します。
①机につかまっての片脚立ち左右30秒×2セット ②歩幅を意識して大きく歩く練習を1日10分 ③足裏マッサージやタオルギャザーで感覚入力を促す練習を追加します。転倒への恐怖心が強い場合は、屋内での練習から始め、安全な範囲で徐々に距離を伸ばします。
自主トレーニングだけに頼らず、医療機関や専門職の評価を優先してください。杖や歩行器などの福祉用具の活用、住環境の調整(手すり設置など)を含めた総合的な対策が必要になる段階です。
重度の段階で杖などを勧めると「まだ使いたくない」と抵抗を示される方も少なくありません。しかし、補助具を使うことで転倒への不安が減り、結果的に活動量が保たれ、機能低下の進行を防げるケースを多く経験します。無理に「補助具なしで歩く」ことだけを目標にしない視点も大切です。
自宅でできる転倒予防トレーニング(難易度別)
いきなり難しい種目に挑戦する必要はありません。まずは初級から始め、慣れてきたら中級・上級へと段階的にステップアップしていきましょう。
立ち座り運動
1. 椅子の前に立ち、手すりや机に軽く手を添える 2. 3秒かけてゆっくり腰を下ろす 3. 3秒かけてゆっくり立ち上がる 4. 10回×3セットを目安に行う
つま先上げ運動
1. 椅子に座るか壁に手をついて立つ 2. かかとをつけたままつま先をゆっくり持ち上げる 3. 2秒キープして下ろす 4. 20回×3セットを目安に行う
片脚立ち
1. 机や手すりの近くに立つ 2. 転倒しないよう手を添えながら片脚を上げる 3. 左右各30秒を目安に、無理のない範囲で行う
ランジ
1. 机などに手を添えて立つ 2. 片足を大きく一歩前に踏み出す 3. 前脚の膝を軽く曲げて体を沈める 4. 元の姿勢に戻る 5. 左右各10回を目安に、無理のない範囲で行う
段差昇降
1. 手すりのある低い段差(玄関の上がり框など)を使用する 2. 一段ずつゆっくり昇り降りする 3. 10往復程度を目安に、安全な環境で行う
跨ぎ歩行(またぎ歩行)
1. 床に置いたタオルや低い障害物をまたぐように歩く 2. 片足ずつ意識して大きく持ち上げる 3. 5〜10往復を目安に行う
簡易ラダートレーニング
1. 床にテープなどで等間隔にマス目を作る 2. マスの中に足を置きながら小刻みに前進する 3. 5〜10往復を目安に行う(敏捷性の向上に役立つとされています)
デュアルタスク歩行
1. 安全な平坦な場所で、家族と会話をしながら、または簡単な計算(100から7を引くなど)をしながら歩く 2. 慣れてきたら荷物を持つ、周囲を見渡すなど条件を増やす 3. ふらつきや会話の乱れが見られたら、その場で無理をせず休む
特にランジ・段差昇降・ラダートレーニング・デュアルタスク歩行は、練習中の転倒リスクそのものが高い種目です。持病がある方、めまいやふらつきが強い方は、無理に一人で行わず、家族の見守りがある時間帯や、手すり・壁のそばなど安全な環境で行ってください。痛みやしびれが出る場合は中止し、専門職に相談しましょう。
転倒しやすい住環境の見直し
- ラグマットの端がめくれていないか
- 電気コードが通路上に出ていないか
- 脱げやすいスリッパを履いていないか
- 廊下やトイレまでの動線が暗くないか
- 敷居など小さな段差が残っていないか
- 床が水濡れなどで滑りやすくなっていないか
受診をおすすめする症状
- 急につまずくようになった
- 足や手にしびれがある
- 足が持ち上がらない感覚がある
- 片側だけに症状が偏っている
- ろれつが回らない、めまいを伴う
これらの症状が伴う場合、脳卒中や神経疾患が隠れている可能性があります。様子を見ず、早めの受診を検討してください。
よくある質問
「最近つまずくことが増えた」「歩き方が変わってきた」と感じる方は、歩行やバランスを専門職が評価することで原因が見つかることがあります。
Home Reha福岡(訪問型の自費リハビリ)では、ご自宅での歩行評価や転倒予防のリハビリを行っています。お気軽にご相談ください。
まとめ
何もないところでつまずく原因は、単なる筋力低下だけではなく、Toe Clearanceの低下・バランス能力の低下・足裏感覚の低下・筋パワー(RFD)の低下・姿勢の変化・デュアルタスク能力の低下、そして時に神経や整形外科的な疾患が複雑に関係しています。
「歳だから仕方ない」と捉えるのではなく、つまずきは姿勢・バランス・感覚・筋力・注意力のうちどこに変化が起きているかを教えてくれるサインでもあります。一つひとつの要素は、日々の運動や環境調整で対策できる部分が多くあります。「最近つまずくことが増えた」と感じたら、そのまま放置せず、原因を確認し、早めに対策を始めることが転倒予防につながります。
参考文献
- Winter DA. The Biomechanics and Motor Control of Human Gait.
- Mills PM, et al. Minimum Toe Clearance during Walking.
- Maki BE. Gait Changes in Older Adults.
- Beauchet O, et al. Dual-task related gait changes in older adults.







