歩行時の骨盤の揺れ「トレンデレンブルク徴候」はなぜおこる?
― 中殿筋トレだけでは治らない“本当の理由”と運動制御の再構築 ―
歩行中に骨盤が左右に揺れ、立脚側とは反対側の骨盤が下がってしまう
トレンデレンブルク徴候(Trendelenburg sign)。

臨床現場では
- 「中殿筋が弱いから」
- 「外転筋力が足りない」
という説明とともに、
サイドレッグレイズ・チューブ外転・片脚立位保持
といった介入が“反射的”に処方されがちです。
しかし実際には、
- MMTは4〜5ある
- 側臥位外転は問題なくできる
- それでも歩行では骨盤が落ちる
――このような症例に、あなたも何度も遭遇しているはずです。
結論から言えば、
トレンデレンブルク徴候の本質は「筋力低下」ではありません。
問題は
👉 筋が「いつ・どの順番で・どの役割で」働いているか
つまり 運動制御(motor control)と協調順序(intermuscular coordination) にあります。
本記事では、
- なぜ中殿筋トレだけでは改善しないのか
- 骨盤安定に必要な「3つの協調順序」
- 評価で見るべき本当のポイント
- 明日から使える再教育アプローチ
を、最新の運動制御の視点+臨床的言語で徹底的に解説します。
1. トレンデレンブルク徴候とは何か?
― 現象の定義と「誤解されやすい前提」
トレンデレンブルク徴候とは、
- 片脚立位
- 歩行立脚相
において、本来は立脚側中殿筋が骨盤を水平に保持すべきところ、
その機能が破綻し、遊脚側骨盤が下制する現象を指します。
教科書的には
「立脚側中殿筋の筋力低下による」
と説明されますが、これは**あくまで“結果論的説明”**にすぎません。
なぜなら――
中殿筋は“単独で骨盤を安定させる筋”ではないからです。
2. なぜ「中殿筋トレ」だけでは治らないのか?
土台がぐらついてる家の柱を太くしようとしているのと一緒
中殿筋は、骨盤安定において
「最終出力(ファイナルスタビライザー)」の役割を担います。
しかし、その前に必要なのが、
- 股関節が正しい回転中心を保っていること
- 重心が過剰に外側へ逃げていないこと
この前提条件が崩れている状態で
いくら中殿筋を鍛えても、
- 代償的にTFLが優位になる
- 体幹側屈でバランスを取る
- 歩行では再び骨盤が落ちる
という結果に終わります。
家の土台がぐらついているのに、
柱を太くしても家は安定しませんよね。
まず土台を整えてから、柱が活きるんです。
3. 骨盤を安定させる「3つの協調順序」
― 歩行時に起きている“見えないスイッチ”
歩行立脚相で骨盤が安定するためには、
以下の3段階の神経筋スイッチが“正しい順序”で入る必要があります。
① 深層外旋六筋による「関節の求心性」
最初に働くべきは
梨状筋・内外閉鎖筋・双子筋などの深層外旋筋群です。

これらの筋の役割は
動かすことではなく「整えること」。
- 大腿骨頭を臼蓋中央へ引き込む
- 股関節の回転中心を安定させる
- 関節内圧を高め、ズレを防ぐ
👉 これを 関節の求心性(joint centration) と呼びます。
この段階が抜けると、
- 股関節が外側へ“逃げる”
- 中殿筋が収縮しても力点がズレる
- 結果として骨盤は安定しない
という状態になります。
② 腸腰筋による「重心の引き戻し」
次に重要なのが 腸腰筋。
一般的には
「股関節屈筋」「姿勢を崩す筋」
と誤解されがちですが、
歩行立脚相では
👉 重心を内側へ制御する重要なスタビライザー
として働きます。
- 立脚時、体重は外側へ流れやすい
- 腸腰筋が適切に張力を持つことで
重心を股関節中心へ引き戻す - 中殿筋の過剰な負担を減らす

腸腰筋が機能不全だと、
- 中殿筋が“引っ張り合い”を強いられる
- 体幹側屈で代償する
- 骨盤が左右に揺れる
という悪循環に陥ります。
③ 中殿筋による「横方向の最終安定」
求心性(①)+重心制御(②)
この2つが整った“あと”に、
はじめて中殿筋が効率よく働きます。
このときの中殿筋は、
- 過剰収縮しない
- TFL優位にならない
- 少ない出力で骨盤を水平に保てる
つまり
👉 「鍛えられた中殿筋」ではなく
「使われる中殿筋」
になっている状態です。
4. 評価で見るべきは「筋力」ではない
― 観察すべき5つの臨床ポイント
トレンデレンブルク徴候の評価で
本当に見るべきポイントは以下です。
✔ 片脚立位での股関節中心感覚
- 股関節が詰まる/逃げる感じはないか
- 大腿骨が外へ流れていないか
✔ 腸腰筋のトーン
- 仰臥位でのSLR時に腹部が硬直しないか
- 立脚で骨盤前傾が固定されていないか
✔ 体幹側屈の有無
- 骨盤を落とさない代償として
上半身を傾けていないか
✔ 中殿筋の“入り方”
- 触診で遅れて収縮していないか
- TFLが先行していないか
✔ 動作間のつながり
- 立ち上がり → 歩行で再発していないか
5. 真のリハビリは「筋トレ」ではなく「再教育」
改善の鍵は
👉 筋力強化ではなく、協調順序の再学習。
介入の基本原則
- 深層外旋筋の再活性化
- 腸腰筋を含めた重心制御練習
- 中殿筋は“最後に”統合する

例:
- セラバンド外旋+荷重課題
- 骨盤ニュートラルでの前後重心移動
- 片脚立位での“静かな”骨盤保持
「外転10回×3セット」よりも、
「正しい順序で1回できるか」の方が
はるかに重要です。
まとめ
― トレンデレンブルク徴候を「筋力低下」で終わらせない
トレンデレンブルク徴候は、
❌ 中殿筋が弱い
⭕ 運動制御が破綻しているサイン
です。
- 関節が整い
- 重心が制御され
- その結果として中殿筋が働く
この順序を理解しない限り、
どれだけ鍛えても
骨盤の揺れは繰り返されます。
「筋を見る」から「動きの準備を見る」へ。
それが、トレンデレンブルク徴候を
本当に改善できるセラピストの視点です。







