離床がリハビリで大事な理由 — 医学的エビデンスを踏まえた詳しい解説


はじめに

離床(早期モビリゼーション)は単なる「ベッドから起きる」行為ではなく、

日常生活動作(ADL)を維持・回復し、合併症を予防して在院期間や転帰を改善するための一連の介入です。

特にICUや術後の患者、高齢者では臥床が短期間でも急速に機能低下を引き起こすため、計画的かつ安全な離床が臨床上重要になります。


1. なぜ臥床は問題か — 生理学的メカニズム

長期または不必要な臥床は以下を引き起こします。

  • 筋萎縮・筋力低下:荷重の消失と運動量減少により筋タンパク合成が低下し、特に大腿四頭筋など荷重筋が短期間で萎縮します。
  • 骨代謝の変化:骨吸収が進み骨密度低下のリスク。
  • 呼吸機能低下:座位・立位で促進される肺換気量や分泌クリアランスが低下し、肺炎リスクが上昇。
  • 循環・自律神経の不適応:起立時血圧調節が低下し起立性低血圧や血行動態不安定を招きやすい。
  • 代謝的影響:インスリン感受性の低下、エネルギー代謝の変化。

これらは総称して廃用症候群と呼ばれ、回復期間の延長や在宅復帰の難易度上昇につながります。


2. エビデンスの要点(臨床研究のまとめ)

ICU・人工呼吸中の早期モビリゼーション

鎮静の最小化と組み合わせた早期モビリゼーションは、筋力低下の抑制、人工呼吸期間の短縮、ICU在室日数の短縮に寄与するとする研究が複数あります。

安全性を確保するためのプロトコル運用(バイタル基準、機器管理、担当の明確化)が成功の鍵です。

せん妄(delirium)と認知予後

活動的な介入(起立・歩行・見当識を促す活動)はICUせん妄の発生率や持続期間を減少させるという報告があります。

せん妄は長期的な認知機能低下や死亡率と関連するため、離床は認知的アウトカム改善にもつながります。

術後患者・一般病棟

術後の早期離床は肺炎や静脈血栓塞栓症(VTE)などの合併症予防、在院日数短縮、早期の機能回復に有益とされ、周術期ケアの基本方針にも組み込まれています。

ただし患者背景や手術種類によってエビデンスの強さは異なるため個別化が重要です。


3. 臨床で期待される効果

  • 筋力と移動能力の維持・改善
  • 肺炎や痰を伴う呼吸合併症のリスク低下
  • 血栓症や褥瘡などの合併症予防
  • ICUせん妄の予防・短縮
  • 在院日数の短縮と早期の在宅復帰
  • 患者・家族の満足度とQOL向上

4. 安全な離床のための実践ポイント(多職種連携)

1) 事前評価

バイタルサイン(血圧、心拍、SpO₂、呼吸数)、意識レベル、疼痛の程度、ドレーンやチューブの状態、出血傾向、薬剤(昇圧薬や鎮静薬)を確認します。

2) 目標設定と段階化

患者中心の目標(食事はベッド上でなく座位で取る、トイレ動作を自立する等)を立て、寝返り→端座位→立位→歩行と段階を踏みます。

3) 役割分担とコミュニケーション

看護師はバイタル管理と薬剤調整、理学療法士は運動強度管理、作業療法士はADL目標の設計、医師は全体管理と重篤合併症の評価を担当します。

4) モニタリングと中止基準

めまい、著明な低酸素、血圧の急激な低下、頻脈・不整脈、疼痛増悪などが生じたら中止・医師へ報告します。

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5. 現場で使える短い離床プロトコル(例)

術翌日〜:端座位10〜20分を1〜2回(疼痛管理・循環安定が条件)

術後2〜3日目:トイレ動作や短距離歩行(看護師またはセラピスト付き添い)

ICU:鎮静軽減→端座位→立位補助→自発呼吸訓練→短距離歩行(各段階でバイタル安定を確認)

※施設ごとにチェックリスト化しておくと安全性と実施率が上がります。


6. 患者・家族向けの短い説明(例)

「離床は体の筋肉や肺、心臓の働きを守り、早く普段の生活に戻るためにとても大切です。無理はしません。

いつからどれくらい動けるかは、医師と療法士が毎日チェックして決めます。ご家族の付き添いや声かけも大きな助けになります。」


7. 病棟スタッフ用:離床チェックリスト(簡易)

  • 血圧(安定)
  • 心拍数(安定)
  • SpO₂(指示の下で安定)
  • 意識レベル(覚醒して指示に従える)
  • ドレーン・チューブの固定確認
  • 疼痛コントロール(安定)
  • 出血傾向なし
  • 昇圧剤投与が過度でない

まとめ

離床は廃用症候群の予防、呼吸・循環機能の維持、認知機能保護、在院期間短縮・生活機能回復などに重要な役割を果たします。

エビデンスは領域や患者群によってばらつきがありますが、特にICUや術後ケアにおける「早期モビリゼーション」は多数の研究で有益性が示されています。

安全に実施するには多職種連携・個別評価・段階的介入が欠かせません。

臨床現場では「離床を目的化せず、患者の生活目標(活動や参加)へつなげる」視点が最も重要です。


参考(主要出典)

  • Adler J, et al. Early Mobilization in the Intensive Care Unit: A Systematic Review. PMC. PMC
  • Marušič U, et al. Nonuniform loss of muscle strength and atrophy during bed rest. PMC. PMC
  • Wang L, et al. The effects of early mobilization in mechanically ventilated patients. PMC (2023). PMC
  • Nydahl P, et al. Early mobilisation for prevention and treatment of delirium. (Systematic review/meta-analysis). サイエンスダイレクト
  • 日本作業療法士協会ほか『活動と参加につなげる離床ガイドブック』。 日本作業療法士協会

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