頸髄損傷のレベル別残存機能まとめ|C3〜C8の麻痺・ADL・リハビリの特徴
頸髄損傷(cervical spinal cord injury)は、損傷レベルによって残存する運動・感覚機能が大きく異なります。C3からC8まで、わずか1レベルの差が「自力呼吸の可否」「上肢の随意運動」「ADL自立度」を根本的に変えます。本記事では、作業療法士の視点から各レベルの残存筋・ADL予後・リハビリ目標を体系的に整理します。退院支援や機能訓練の計画立案にお役立てください。
📋 目次
頸髄損傷の基礎知識:レベルとはなにか
脊髄損傷のレベルは「神経学的損傷レベル(Neurological Level of Injury: NLI)」として国際的に定義されており、運動・感覚ともに正常な最も尾側の髄節を指します。評価にはISNCSCI(国際脊髄損傷神経学的分類基準)が用いられ、AIS(ASIA Impairment Scale)のA〜Eで完全損傷・不全損傷を区別します。
頸髄はC1〜C8の8髄節で構成されます。C1〜C2は延髄直下で生命維持に直結するため、臨床的に問題となるのは主にC3〜C8です。高位になるほど残存機能は少なく、呼吸・循環管理が優先課題となります。
レベル別主要残存筋・ADL予後一覧表
下表はASIA/ISCOSガイドラインおよび臨床的コンセンサスをもとに作成した早見表です。「残存筋(主要)」は完全損傷(AIS-A)を想定したものです。
| レベル | 主要残存筋 | 呼吸 | 移乗 | 車いす | ADL自立の目安 |
|---|---|---|---|---|---|
| C3 | 頸部筋・僧帽筋(一部) | 人工呼吸器依存 | 全介助 | 電動(顎・口コントロール) | ほぼ全介助 |
| C4 | 横隔膜・僧帽筋 | 自力可(弱い) | 全介助 | 電動(頭部コントロール) | ほぼ全介助 |
| C5 | 三角筋・上腕二頭筋・棘上筋 | 自力可 | 一部介助 | 電動(手動補助あり) | 食事・整容に一部自立 |
| C6 | +橈側手根伸筋(腱固定効果) | 自力可 | 一部〜自立 | 手動(プッシュグローブ使用) | 食事・整容・更衣(上衣)自立 |
| C7 | +上腕三頭筋・指伸筋(一部) | 自力可 | ほぼ自立 | 手動自立 | ADL大部分自立・プッシュアップ可 |
| C8 | +指屈筋・手内筋一部 | 自力可 | 自立 | 手動自立 | ADLほぼ全自立 |
C3レベル:呼吸管理と電動車いすが中心
残存機能と麻痺の範囲
C3レベルでは頸部筋・僧帽筋上部の一部が残存しますが、横隔膜(C4支配)が麻痺するため、多くのケースで人工呼吸器の長期使用が必要です。四肢・体幹はほぼ完全麻痺であり、随意的な上肢運動は得られません。
リハビリテーションの目標
| 項目 | 目標・内容 |
|---|---|
| 呼吸管理 | 人工呼吸器の安定管理・気管切開後のケア指導 |
| 移動 | 顎・口・視線制御型電動車いすの操作習得 |
| コミュニケーション | 視線入力・音声認識デバイスの導入 |
| ポジショニング | 褥瘡予防・頸部アライメント保持 |
| 介護者指導 | 吸引・体位変換・人工呼吸器管理の家族教育 |
C4レベル:横隔膜のみが頼り
残存機能と麻痺の範囲
C4レベルでは横隔膜(主要呼吸筋)と僧帽筋が残存し、自力呼吸が可能になる重要な分岐点です。ただし、肋間筋・腹筋の麻痺により呼吸予備能は低く、感染症などで換気不全に陥るリスクがあります。上肢随意運動はほぼ得られず、肩の挙上(僧帽筋)が唯一の随意的な上肢関連動作となります。
リハビリテーションの目標
| 項目 | 目標・内容 |
|---|---|
| 呼吸 | 横隔膜呼吸の強化・胸郭可動域維持・排痰補助(徒手・機器) |
| 移動 | 頭部コントロール型電動車いす操作(傾き・加速センサー対応) |
| 環境制御 | スマートホーム連携・環境制御装置(ECA)の活用 |
| 装具 | 頸椎カラー(急性期)・上肢の随意運動補助には適応なし |
| 家族指導 | 全介助ADL全般の介護技術指導・福祉用具の選定 |
C5レベル:肘屈曲が可能になる分岐点
残存機能と麻痺の範囲
C5では三角筋・上腕二頭筋・棘上筋・棘下筋・回旋筋腱板の一部が残存し、肩関節の外転・屈曲と肘関節の屈曲が可能になります。これにより、自分で顔に手を運ぶ動作(口への取り込み)が初めて可能となり、ADLの一部自立が現実的になります。手関節の背屈(C6)はまだ残存しないため、把持動作は困難です。
活用できる自助具・補装具
| 目的 | 自助具・装具 | 備考 |
|---|---|---|
| 食事 | BFO(バランス型前腕支持装具)・Uカフスプーン | 肘屈曲を最大限利用 |
| 整容 | 電動歯ブラシ・ホルダー付きコーム | 把持補助が必要 |
| 書字・PC操作 | マウススティック・音声入力・Uカフペン | 手内筋麻痺のため直接操作は困難 |
| 移動 | 電動車いす(ジョイスティック操作) | 前腕支持台付きジョイスティックが有効 |
| 上肢装具 | 肘継手付き長対立スプリント・ダイナミックスプリント | 手関節固定で腱固定効果を補完 |
C6レベル:手関節背屈による腱固定効果が鍵
残存機能と麻痺の範囲
C6レベルの最大の特徴は橈側手根伸筋(ECRL・ECRB)の残存による腱固定効果(tenodesis effect)の獲得です。手関節を背屈させると、長指屈筋の受動的な張力により指が屈曲し、物体を「つまむ」ような動作が可能になります。この機能は、指伸筋・屈筋が随意的に動かなくても成立するため、C6損傷の方のADL訓練の核心となります。
腱固定効果を活かした動作訓練のポイント
| 動作 | 腱固定効果の使い方 | 自助具・工夫 |
|---|---|---|
| 食事 | 手関節背屈→指屈曲でスプーン把持 | 太柄スプーン・Uカフ |
| 更衣(上衣) | 前腕の回内外と体幹前傾を組み合わせ | ループ付き衣類・ベルクロ開閉 |
| プッシュアップ | 手関節背屈で掌底を床につき体重支持 | プッシュアッププロテクター |
| 排泄(カテーテル) | 腱固定で器具を保持 | 自己導尿補助具・ループ付き尿管 |
| 車いす駆動 | プッシュグローブ着用で摩擦を補完 | Neoprene製グローブ・突起付きリム |
C7レベル:肘伸展獲得で大きく広がるADL
残存機能と麻痺の範囲
C7では上腕三頭筋(肘伸展)と指伸筋の一部が追加残存します。肘伸展の獲得は移乗動作・プッシュアップ・車いす駆動において革命的な変化をもたらします。C6では困難だった体重支持が安定し、多くの方が移乗動作の自立または軽介助を達成できます。
C7で新たに獲得できる動作
| 動作カテゴリ | C6との差 | リハビリのポイント |
|---|---|---|
| プッシュアップ | 肘伸展筋力により高い浮き上がりが可能 | 減圧動作の自立・褥瘡予防に直結 |
| 移乗(ベッド⇔車いす) | 介助量が大幅減少→自立が現実的 | スライディングボードから段階的に撤去訓練 |
| 更衣(下衣) | ベッド上での下衣着脱が可能に | ループ・ベルクロ活用しながら動作学習 |
| 入浴 | シャワーチェア上での洗体が可能に | 長柄ブラシ・ループ付きタオル |
| 排泄管理 | 自己導尿の独立性向上 | 把持補助具の簡略化 |
C8レベル:手内筋以外はほぼ残存
残存機能と麻痺の範囲
C8では深指屈筋・母指屈筋・長母指伸筋などが残存し、指の随意的な屈伸が可能になります。手内筋(虫様筋・骨間筋)はT1支配のため麻痺が残りますが、「鷲手(claw hand)」の出現はC8損傷の特徴的所見です。機能的な把握・ピンチが獲得でき、ADLは概ねほぼ自立水準となります。
C8の臨床的留意点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 手の変形予防 | 手内筋麻痺による鷲手変形のスプリント・関節保護 |
| 巧緻動作 | ボタン掛け・書字など精密動作は一部困難。補助具で対応 |
| 職業復帰 | 事務・軽作業・デスクワークへの復帰が現実的に視野に入る |
| 自動車運転 | 手動運転装置の適用評価が可能なレベル |
| 住宅改修 | C7同様の改修内容が中心。細かい操作性の向上を検討 |
作業療法士が押さえるべき評価と支援のポイント
① 神経学的評価:ISNCSCIによる標準化
損傷レベルの確定にはISNCSC(国際脊髄損傷神経学的分類基準)に基づく系統的な評価が必要です。Key Musclesの徒手筋力検査(MMT 0〜5)とKey Sensory Pointの感覚検査(触覚・痛覚)を組み合わせ、NLIとAIS分類を導出します。
② ADL評価:FIMとSCIM-IIIの使い分け
FIM(機能的自立度評価表)は汎用的なADL評価として広く使用されますが、脊髄損傷特有の課題(膀胱管理・車いす操作)の感度は高くありません。SCIM-III(Spinal Cord Independence Measure)は脊髄損傷に特化した評価であり、より精細なADL変化を捉えられます。両者を状況に応じて使い分けることが推奨されます。
③ 自律神経・二次障害の管理
| 合併症 | 特徴・リスク | OTの関わり |
|---|---|---|
| 起立性低血圧 | 高位損傷ほどリスク高。リハビリ中の血圧管理が必要 | チルティング・リクライニング姿勢調整 |
| 自律神経過反射 | C6以上で膀胱・直腸刺激により急激な血圧上昇 | 誘因除去・緊急時対応の習得 |
| 褥瘡 | 感覚麻痺により気づきにくい | プッシュアップ指導・座位クッション選定 |
| 痙縮 | 不全損傷で顕著。日内変動あり | ストレッチ・スプリント・ADLへの影響評価 |
| 疼痛(神経障害性) | 損傷レベル以下の灼熱感・異常感覚 | 活動と疼痛の関係性評価・環境調整 |
まとめ
頸髄損傷のリハビリテーションは、損傷レベルの正確な把握を起点として、残存機能を最大限に活用した目標設定が不可欠です。本記事のポイントを以下に整理します。
| レベル | 臨床的なキーワード |
|---|---|
| C3 | 人工呼吸器・顎コントロール電動車いす・全介助ADL |
| C4 | 横隔膜呼吸・頭部コントロール電動車いす・環境制御 |
| C5 | BFO・Uカフ・食事整容の一部自立 |
| C6 | 腱固定効果・手動車いす・更衣上衣自立 |
| C7 | 肘伸展・プッシュアップ・移乗自立・ADL大部分自立 |
| C8 | 把握・ピンチ可能・ADLほぼ自立・職業復帰視野 |
各レベルの残存機能を正確に理解することは、ADL訓練・装具選定・退院後支援・家族指導のすべてに直結します。不全損傷では回復の幅が広いため、定期的な再評価と目標の更新を継続してください。







