【脳卒中後遺症】半側空間無視がある人の更衣訓練|着替えで起こる問題と具体的な練習方法
脳卒中後遺症のひとつである「半側空間無視(USN:Unilateral Spatial Neglect)」は、視力に問題がないにもかかわらず片側の空間への注意が向きにくくなる高次脳機能障害です。特に右半球損傷後の左半側空間無視として多くみられ、日常生活のさまざまな場面に影響します。なかでも見落とされやすいのが「更衣(着替え)」動作です。本記事では作業療法士が、半側空間無視のある方の更衣障害の特徴と、ご家庭でも取り組みやすい具体的な訓練方法を解説します。
目次
- 半側空間無視で更衣が難しくなる理由
- 半側空間無視の更衣でよくある具体例
- 半側空間無視だけじゃない|更衣を難しくする他の高次脳機能障害
- 障害された機能だけでなく「残っている機能」を見ることが重要
- 更衣訓練で重要なポイント
- 実際の更衣訓練の流れ
- まとめ
半側空間無視で更衣が難しくなる理由

更衣動作は、想像以上に高度な認知処理を必要とする日常生活動作(ADL)です。更衣には以下のような能力が求められます。
- 衣類全体を把握する
- 左右を認識する
- 身体の位置を把握する
- 順序立てて動く
- 見えない部分を予測する
半側空間無視があると、これらの中でも特に「片側への注意」が障害されます。例えば左半側空間無視の場合、左袖の存在に気づかない、左側の裾を探せない、左肩が服の中に入っていない、左側だけ裏返っているといった状態が起こりやすくなります。この結果、更衣に時間がかかったり、介助量が増えたりすることがあります。
臨床ポイント 半側空間無視は「見えていない」のではなく「注意が向きにくい」状態です。視野そのものに問題がなくても、左側の情報を脳が優先的に処理しにくくなっている点が、視野障害との違いとして重要です。
半側空間無視の更衣でよくある具体例

① 麻痺側の袖を探せない
特に左上肢麻痺+左半側空間無視の組み合わせでは頻出します。袖口が左側にあること自体を見落としてしまいます。
② Tシャツがねじれたまま着る
衣類の全体像を把握できないため、服の向きの認識が難しくなります。
③ 左側だけ服が身体の外に残る
脇腹や背部の左側が服の外に出ていても、気づきにくい状態が続くことがあります。
④ ズボンの左側に足を入れ忘れる
片脚だけ履いた状態で動作が止まってしまうことがあります。
| 更衣場面 | 起こりやすい問題 | 背景にある機能 |
|---|---|---|
| 上衣を着る | 左袖を探せない・通せない | 空間性注意の左方向への偏り |
| 上衣を着た後 | 左肩・左脇のねじれに気づかない | 身体図式の左側認識低下 |
| ズボンを履く | 左脚の挿入を忘れる・止まる | 動作の順序立て、注意の持続 |
| 着衣全体 | 左右非対称のまま終了する | セルフモニタリングの低下 |
半側空間無視だけじゃない|更衣を難しくする他の高次脳機能障害
半側空間無視がある方は、USNだけでなく他の高次脳機能障害を併発していることが少なくありません。更衣がうまくいかない原因を「無視だけ」で考えると、介入がうまくいかないことがあります。
注意障害
集中が続かない、別の刺激に気を取られる、動作が途中で止まりやすいといった特徴がみられます。
構成障害
衣類の形を整理できない、上下左右がわかりにくい、服をねじれたまま扱ってしまうといった状態です。
遂行機能障害
手順を組み立てられない、次に何をすればいいかわからない、誤りに気づいても修正が苦手といった傾向がみられます。
病態失認
困っていること自体に気づきにくく、修正の必要性を感じにくい状態です。
注意点 更衣動作の失敗を「不器用」「やる気がない」と捉えてしまうと、適切な介入につながりません。背景にある高次脳機能障害を評価したうえで、原因に応じた対応を検討することが重要です。
障害された機能だけでなく「残っている機能」を見ることが重要
重要なのは、「何ができないか」だけではなく、「何が残っているか」を見ることです。
リハビリでは、残存機能を代償手段として活用する視点が役立つとされています。
例えば記憶機能が比較的保たれている場合、「服を広げる」「左袖を探す」「麻痺側から通す」という流れを繰り返し学習することで、記憶を使って更衣手順を補えるようになる可能性があります。
これは、毎回ゼロから空間探索を行う負担を減らす方法のひとつです。
逆に記憶障害が強い場合は、目印をつける、環境を単純化する、触覚入力を増やすなど、別の戦略を組み合わせることが必要になります。
更衣訓練で重要なポイント

① 半袖・半ズボンから始める
長袖・長ズボンは布量が多く、探索範囲が広がります。そのため、半袖、半ズボン、前開き衣類などシンプルなものから始めると、成功体験を積みやすくなります。
② 探索範囲を狭める
最初から複数の衣類を提示しないことが大切です。上衣だけ、ズボンだけ、靴下だけというように、ひとつずつ取り組みます。
③ 右・左を認知しやすくする目印をつける
左右認識が難しい場合、左袖に赤い布をつける、左ズボン側にフェルトをつける、触ってわかる素材を使うなど、視覚と触覚の情報を組み合わせて補う方法があります。慣れてきたら、徐々に目印を外していきます。
④ コントラストを強くする
背景との差を明確にすることも有効です。例えば白い服を白いベッドの上に置くと見えにくくなるため、黒いマットや色付きのトレー、単色の背景を使うことで視覚探索を助けられます。
⑤ 動作中はむやみに話しかけない
更衣中の声かけは注意を分散させやすくなります。動作の流れが止まる、探索の機会が減る、混乱しやすくなるといった影響があるため、基本は見守る姿勢が大切です。
⑥ 動作が止まった時に介入する
介入のタイミングが重要です。まず名前を呼ぶ、正面から視線を合わせる、注意をいったん自分に向けてもらいます。そのうえで「次はどこかな?」「左側どう?」と短く伝えます。大切なのは「注意を向ける→指示する」という順番です。
臨床ポイント 声かけのタイミングを誤ると、かえって混乱を強めてしまうことがあります。動作が止まったときに初めて介入するという「待つ姿勢」が、本人の探索行動を引き出すうえで役立つとされています。
実際の更衣訓練の流れ
1衣類を正面中央に置く
まず中央で全体像を把握してもらいます。
2無視側へ視線誘導
「左袖どこ?」「左のズボン穴どこ?」など、声かけによって探索を意識化します。
3身体との位置合わせ
衣類と身体の位置を一致させていきます。身体図式を補いやすくなります。
4着た後の確認
「左肩入ってる?」「左脇どう?」「裾ねじれてない?」など、セルフチェックの習慣づけが重要です。
まとめ
半側空間無視の更衣障害は、単なる着替えの苦手さではありません。背景には、空間認知障害、注意障害、構成障害、遂行機能障害など複数の要因が関わっている可能性があります。
重要なのは、障害を見るだけでなく残存機能を見ること、代償方法を考えること、そして成功体験を積み重ねていくことです。更衣は毎日行う動作だからこそ、訓練機会が多く、改善につながりやすいADLのひとつでもあります。「できない」ではなく「どうすればできるか」という視点で支援していくことが大切です。
ご留意ください 本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、症状の現れ方や適切な介入方法は一人ひとり異なります。具体的な評価・訓練プログラムについては、担当の医師・作業療法士にご相談ください。







